みんなの股関節ストーリー
2026.8.11
【前編】股関節から変わる、 大人の歩き方・走り方 高平尚伸教授とオリンピアン川上優子が語る 「痛めない身体の使い方」

前編|歩く・走るを支える、見えにくい関節の本当の役割
股関節は「身体の根っこ」だった
歩くと脚の付け根が重い。走り出すと、股関節だけでなく膝や腰にも不安が出る。そんな悩みを、年齢のせいだけで片づけていないでしょうか。股関節は身体の奥にあるため、自分では動きがわかりにくい関節です。しかし、歩く・走る・立つ・階段を上るという日常動作の根本には、常に股関節の働きがあります。
今回は、股関節外科を専門とする高平尚伸教授と、陸上競技の現場で身体を磨いてきた川上優子さんが対談。川上さんの「走る現場で感じてきた身体感覚」を、高平教授が医学的な言葉で丁寧にひも解いていきます。
この記事でわかること
股関節が「脚の付け根」以上に重要な理由
40代以降の女性が知っておきたい股関節不安の背景
歩く・走るときに大切な、重心と股関節の関係
高平尚伸教授 | 川上優子さん |
股関節は、身体の奥にある“ブラックボックス”
膝や足関節は、曲げ伸ばしの様子が比較的わかりやすい部位です。腰や背中も、姿勢との関係で意識しやすい場所でしょう。一方で股関節は、骨盤の奥にあり、外から動きを確認しにくい関節です。痛みがあっても「どこが悪いのか」「どう使えばよいのか」がわかりにくい。高平教授は、その特徴を踏まえて次のように説明します。
“股関節は、身体の中心に近い位置にあり、大腿骨と骨盤をつなぐ荷重関節です。歩行や走行では、股関節が下肢全体の運動連鎖を支えています。一方で、身体の深部にあるため、一般の方だけでなく運動現場でも評価が難しく、長く“ブラックボックス”のように扱われてきた面があります。
- 高平教授 -
川上さんも、競技者として同じ感覚を持っていたといいます。走る現場では、股関節が重要であることは感覚的にわかっている。足が上がらない、踏み込みが重い、左右差がある、どこか詰まる感じがする。そうした微細な違和感は、アスリートにとって大切な情報です。
ただし、その感覚が医学的にどのような状態を意味しているのかまでは、現場だけでは見えにくいものです。川上さんは「身体の中で何が起きているのかがわかれば、対処の仕方も変わる」と話します。
股関節は、脚の動きの“根本”にある
歩く、走る、階段を上る、坂道を下る。どの動作でも、股関節は身体を支えながら大腿部を前後・左右・回旋方向へ動かしています。単に脚を振り出す関節ではなく、骨盤と下肢をつなぎ、重心を受け止め、次の一歩へ力を伝える関節です。
高平教授は、股関節の負荷についても慎重に説明します。股関節には、単純な体重だけでなく、筋肉の収縮や歩行速度、着地の仕方、方向転換などの条件が複合的に加わります。片脚支持や歩行の局面では体重の数倍に相当する力が作用することがあり、走行や急な切り返しではさらに大きな力が加わることがあります。
“股関節にかかる力は、体重だけでは説明できません。歩行速度、筋力、着地の角度、重心位置によっても変わります。したがって「何歩までなら安全」と一律に決めるよりも、痛みの出方、疲労の残り方、歩行の質を見ながら調整することが重要です。”
- 高平教授 -
この視点は、40代以降の女性にとって特に大切です。健康のために歩くことは重要ですが、「歩けば歩くほどよい」とは限りません。股関節に違和感がある状態で急に歩数を増やしたり、フォームが崩れたまま走り続けたりすると、股関節だけでなく膝や腰にも負担が波及することがあります。
40代以降の女性が知っておきたい、股関節の背景
股関節の痛みには、複数の背景があります。加齢に伴う変化、筋力低下、骨粗鬆症に関連した骨折、運動やスポーツによる負荷、そして生まれつき・発育過程での骨形態の特徴などです。
高平教授は、特に女性の股関節診療では、発育性股関節形成不全の後遺症や寛骨臼形成不全を念頭に置く必要があると話します。寛骨臼とは、大腿骨頭を受け止める骨盤側の“屋根”にあたる部分です。この屋根が浅い場合、股関節の安定性が低下し、関節軟骨や股関節唇に負担がかかりやすくなることがあります。
“変形性股関節症の背景には、加齢だけでなく、発育性股関節形成不全の後遺症や寛骨臼形成不全などの骨形態、股関節唇損傷、FAI症候群などが関与することがあります。痛みの原因を「年齢」や「運動不足」だけで単純化しないことが重要です。”
- 高平教授 -
ここで出てくるFAI症候群とは、大腿骨側または寛骨臼側の骨形態により、股関節を曲げる・ひねる動作で骨同士が衝突しやすくなる状態を指します。スポーツ選手や活動量の高い方では、股関節唇損傷と関連して痛みの原因になることがあります。
つまり、股関節の違和感は「鍛えれば治る」「休めば治る」と一言で整理できるものではありません。骨の形、関節軟骨、股関節唇、筋肉、重心、歩き方、運動量が重なり合って現れます。
着地の仕方よりも、重心と股関節の角度をみる
ランニングでは、かかとから着地するヒールコンタクト、足裏中央付近で着地するミッドフット、前足部で着地するフォアフットなど、着地の仕方が話題になります。川上さんは、現場感覚として、足関節・膝・股関節をうまく使って衝撃を分散できるかどうかが大切だと話します。
これに対し高平教授は、着地の種類だけを切り取るのではなく、重心位置と股関節角度をあわせて見る必要があると指摘します。どの位置で地面に接地し、そのとき骨盤と大腿骨がどの角度で荷重を受け止めているのか。そこによって、股関節にかかる負荷は変わります。
“歩行や走行を考える際には、足部の接地だけでなく、骨盤、股関節、膝関節、足関節が連動しているかを見ます。医学的には、単一の“正しい着地”を全員に当てはめるのではなく、個々の骨格、筋力、可動域、痛みの有無を踏まえて評価する必要があります。”
- 高平教授 -
川上さんの言葉に置き換えるなら、股関節は「走りの中心感覚」を支える場所です。股関節がスムーズに連動しないと、脚だけで頑張る走りになり、膝や腰にも負担が出やすくなります。
痛みは、我慢するものではなく“身体からの情報”
アスリートの世界では、痛みを抱えながら競技を続けることがあります。高平教授も、一流選手ほど股関節だけでなく身体のさまざまな部位に負担を抱え、それでもパフォーマンスを維持している例があると話します。
しかし、一般の方が同じように痛みを我慢する必要はありません。むしろ、股関節の違和感は、身体の使い方を見直すための重要なサインです。歩き始めに痛いのか、長く歩くほど痛むのか。脚の付け根が痛むのか、殿部や大腿部に広がるのか。休むと楽になるのか、夜間にも痛むのか。そうした情報が、状態を見極める手がかりになります。
年齢を重ねると、「昔のようには歩けない」「走るのはもう無理かもしれない」と感じる瞬間があります。けれども、股関節の働きを知り、自分の身体に合った使い方を見つけることで、歩くことも、走ることも、まだ変えていく余地があります。
“大切なのは、痛みを無視して動き続けることではありません。股関節の状態を知り、負担の少ない方法から少しずつ動かし、必要な場合には専門医に相談することです。”
- 高平教授 -
股関節を知ることは、身体の根本を見直すことです。大人の歩き方・走り方は、股関節に目を向けた瞬間から、もう一度変わり始めます。
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参考情報
日本整形外科学会「変形性股関節症https://www.joa.or.jp/public/sick/condition/hip_osteoarthritis.html
済生会「大腿骨寛骨臼インピンジメント(FAI)」
https://www.saiseikai.or.jp/medical/disease/femoroacetabular_impingement/AAOS OrthoInfo “Femoroacetabular Impingement”
https://orthoinfo.aaos.org/en/diseases--conditions/femoroacetabular-impingement/Griffin DR et al. “The Warwick Agreement on femoroacetabular impingement syndrome (FAI syndrome)”
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27629403/
本記事は、股関節に関する理解を深めるための一般的な情報です。痛みが続く場合、歩行に支障がある場合、急な痛みや強い痛みがある場合は、自己判断で運動を続けず、整形外科などの医療機関にご相談ください。
