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北里大学

高平尚伸

教授

監修

高平教授直伝!基礎知識

2026.9.16

高平教授直伝 足の付け根が痛いとき、まず何を考える?〜鼡径部痛/グロインペインを「病名」ではなく原因を探す入口として理解する〜

※本記事は一般的な情報提供を目的としたものです。診断や治療方針の決定は、必ず医師の診察を前提にしてください。強い痛み、歩行困難、発熱、外傷後の痛みなどがある場合は、早めに医療機関へ相談してください。

「足の付け根が痛いのですが、これは股関節でしょうか」

外来で、私はこの質問をよく受けます。40代以降の女性では、長く歩いたあと、階段を上ったあと、立ち上がりの一歩目、靴下を履く姿勢などで、足の付け根に違和感や痛みを感じる方が少なくありません。

この足の付け根まわりを、医学では鼡径部(そけいぶ)と呼びます。英語ではgroin(グロイン)です。したがって、グロインペインとは、生活の言葉でいえば「足の付け根まわりの痛み」という意味に近い言葉です。

「私は講義の中で、グロインペインを「腹痛という言葉に似ています」と説明することがあります。お腹が痛いという情報だけでは、胃腸なのか、筋肉なのか、婦人科系なのか、原因までは決まりません。鼡径部痛も同じです。痛む場所は大切な入口ですが、そこで診断が終わるわけではありません。」

この記事では、足の付け根が痛いときに、まず何を整理すればよいのかをお伝えします。怖がらせるためではありません。ご自身の状態を落ち着いて言葉にし、必要なときに医療へつながるための記事です。

1. 鼡径部痛は「病名」ではなく、原因を探す入口

足の付け根が痛いと、すぐに「股関節が悪いのでは」と不安になる方がいます。確かに、鼡径部痛は股関節疾患でよくみられる症状の一つです。変形性股関節症、寛骨臼形成不全(かんこつきゅうけいせいふぜん)、FAI(エフ・エー・アイ)、関節唇損傷などでは、鼡径部に痛みが出ることがあります。

ただし、鼡径部痛の原因は股関節だけではありません。股関節の周囲には、腸腰筋(ちょうようきん)、内転筋(ないてんきん)、殿筋群(でんきんぐん)などの筋肉や腱があり、骨盤、腰椎(ようつい)、神経、腹部、婦人科領域の問題が関係することもあります。まれですが、レッドフラッグと呼ばれる疾患の場合もあります。

スポーツ医学の領域では、鼡径部痛の用語が混乱していた時期がありました。2015年の医学論文「Doha agreement meeting on terminology and definitions in groin pain in athletes」では、運動時に悪化する鼡径部痛を、内転筋関連、腸腰筋関連、鼡径部関連、恥骨関連、股関節関連などに整理する考え方が示されています。これは選手向けの論文ですが、一般の方にも大切な示唆があります。つまり、「足の付け根が痛い」という一点だけで原因を決めつけないということです。

「痛む場所に名前をつけることと、原因を見つけることは違います。まずは「どこが痛いか」を入口にして、「どの動きで痛いか」「いつから痛いか」「生活で何に困っているか」まで、順番に見ていきましょう。」

2. 股関節からくる痛みは、どこに出やすいのか

股関節は、身体の奥にある関節です。骨盤側の受け皿である寛骨臼と、大腿骨(だいたいこつ)の先端にある大腿骨頭(だいたいこっとう)が組み合わさっています。生活の言葉でいえば、「骨盤の受け皿に、大腿部の骨のボールが入っている関節」です。

股関節に由来する痛みは、典型的には鼡径部に出ます。ただし、殿部の奥、大腿部の前側や外側、膝の周囲、腰の違和感として感じることもあります。AAOS(米国整形外科学会)の一般向け資料でも、股関節の変形性関節症では鼡径部の痛みが多く、大腿部、殿部、膝へ広がることがあると説明されています。

ここで注意したいのは、「痛む場所」と「原因の場所」が必ずしも一致しないことです。膝が痛いから膝だけ、腰が痛いから腰だけ、という見方では、股関節の問題を見落とすことがあります。逆に、鼡径部が痛いから必ず股関節、と決めつけるのも危険です。

「私は患者さんに、「痛みは身体からの手紙ですが、差出人が一人とは限りません」とお伝えすることがあります。鼡径部に届いた手紙でも、股関節、筋肉、腱、腰、骨盤まわりなど、いくつかの差出人を考える必要があります。」

3. 40代以降の女性でよくある「最初の違和感」

40代以降になると、股関節まわりの小さな変化が、日常動作の中に現れやすくなります。たとえば、以前より靴下が履きにくい。足の爪を切る姿勢がつらい。あぐらが苦手になった。階段を上ると足の付け根に重さが出る。長く歩くと殿部の奥がだるい。立ち上がりの一歩目だけ痛い。

これらは、すべてが病気を意味するわけではありません。けれど、「年齢のせい」「運動不足のせい」と片づける前に、股関節の状態を整理するきっかけになります。

JAMAに掲載された系統的レビュー「Does This Patient Have Hip Osteoarthritis?」では、股関節痛や鼡径部痛のある患者さんについて、問診、身体診察、単純X線写真を組み合わせて股関節症を見ていく考え方が整理されています。特に、股関節の動きに伴う痛みや、股関節の内旋(ないせん:内側へ回す動き)・内転(ないてん:内側へ寄せる動き)の制限などが、診察上の手がかりになり得るとされています。

一般の方がここで覚えるべきなのは、特殊な検査名ではありません。大切なのは、医療者が「痛みの場所」「痛む動作」「股関節の動き」「画像」を合わせて見ているということです。

「痛みが強いか弱いかだけで判断しなくて大丈夫です。「前よりやりにくい動作が増えた」という気づきも、診療ではとても大事な情報です。」

4. まず整理したい5つの質問

足の付け根が痛いとき、受診前にすべてを自分で判断する必要はありません。ただ、次の5つを整理しておくと、診察で状態を伝えやすくなります。

1つ目は、痛む場所です。鼡径部なのか、殿部の奥なのか、大腿部の前側なのか、外側なのか、膝や腰にも広がるのかを確認します。指一本で示せる痛みか、広い範囲の重だるさかも大切です。

2つ目は、痛む動作です。歩く、階段、坂道、立ち上がり、靴下、爪切り、車の乗り降り、長時間座位(座りっぱなし)など、どの場面で痛むかを見ます。

3つ目は、痛みの経過です。急に始まったのか、少しずつ増えてきたのか。転倒、尻もち、運動量の増加、旅行、長距離歩行など、きっかけがあるかを整理します。

4つ目は、生活への影響です。歩ける距離が短くなったか。買い物や家事を避けるようになったか。夜間に痛むか。趣味を控えているか。診療では、画像所見と同じくらい、生活で何に困っているかが重要です。

5つ目は、これまで指摘されたことです。寛骨臼形成不全、変形性股関節症、FAI、関節唇損傷、大腿骨頭壊死、腰椎疾患などを言われたことがあれば、受診時に伝えてください。

「診察室で上手に話そうとしなくて大丈夫です。メモを見ながら、「ここが、こう動くと、いつから痛い」と伝えられれば、それだけで十分に相談の質が上がります。」

5. 自己流ストレッチで悪化させないために

足の付け根が痛いとき、多くの方が「硬いから伸ばせばよい」と考えます。しかし、股関節は単純に伸ばせばよい関節ではありません。寛骨臼形成不全、FAI、関節唇損傷、変形性股関節症などが背景にある場合、深く曲げる、強くひねる、痛みを我慢して開くといった動きが、かえって症状を強めることがあります。

NICE(英国国立医療技術評価機構)の変形性関節症ガイドラインでは、情報提供、必要に応じた体重管理、治療的運動が中核的な対応として示されています。ただし、治療的運動とは、痛みを我慢して回数をこなすことではありません。その方の状態に合わせ、続けられる範囲で行う運動です。

「股関節の運動は、根性で行うものではありません。痛みは、身体が「その方向、その量は今の私には合っていません」と教えてくれているサインです。痛みを押し切るより、まずは状態を知ることを優先してください。」

6. 早めに医療機関へ相談したいサイン

次のような場合は、セルフケアで様子を見るよりも、早めに整形外科へ相談してください。転倒や尻もちの後から痛みが強い。痛い側の脚に体重をかけられない。数歩しか歩けない。発熱や寒気を伴う。安静にしていても強い痛みが続く。夜、痛みで目が覚める。歩ける距離が明らかに短くなった。靴下、爪切り、階段、立ち上がりなど複数の日常動作に支障がある。

また、過去に寛骨臼形成不全や変形性股関節症を指摘されている方で、痛みの場所や程度が変わってきた場合も、一度状態を整理することをおすすめします。

「もう少し我慢してから」ではなく、「今の段階で何ができるか」を相談する方が、選択肢は広がります。受診は、手術を決める場所ではありません。まず状態を確認し、これからの付き合い方を考える場所です。」

まとめ:足の付け根の痛みは、原因を探すための入口

足の付け根が痛いとき、最初に必要なのは、病名を急いで決めることではありません。痛む場所、痛む動作、始まった時期、生活への影響を整理することです。

鼡径部痛やグロインペインという言葉は、原因を示す病名ではなく、「ここが痛い」という入口です。その先に、股関節、筋肉、腱、骨盤、腰、全身状態など、いくつもの候補があります。

不安を一人で抱え込まなくて大丈夫です。股関節の痛みは、正しく整理すれば、相談しやすくなります。次回は、足の付け根の痛みとも関係しやすい「寛骨臼形成不全」について、受け皿が浅いと言われたときの考え方をお話しします。

専門用語ミニ辞典

鼡径部(そけいぶ):足の付け根まわりのこと。グロインとも呼ばれます。

グロインペイン:鼡径部痛。病名というより、痛む場所を表す言葉です。

寛骨臼形成不全:骨盤側の股関節の受け皿が浅い状態です。

FAI:股関節を曲げたりひねったりしたときに、骨の形の影響でぶつかりが起きやすい状態です。

関節唇:寛骨臼のふちにあるクッションのような組織です。

内旋:股関節を内側へ回す動きです。

内転:股関節を身体の中央へ寄せる動きです。

参考文献・参考書籍

1. Weir A, Brukner P, Delahunt E, et al. Doha agreement meeting on terminology and definitions in groin pain in athletes. British Journal of Sports Medicine. 2015;49:768-774.

2. Metcalfe D, Perry DC, Claireaux HA, et al. Does This Patient Have Hip Osteoarthritis? The Rational Clinical Examination Systematic Review. JAMA. 2019;322(23):2323-2333.

3. 日本整形外科学会・日本股関節学会 編. 変形性股関節症診療ガイドライン2024 改訂第3版. 南江堂, 2024.

4. National Institute for Health and Care Excellence. Osteoarthritis in over 16s: diagnosis and management. NICE guideline NG226, 2022.

5. American Academy of Orthopaedic Surgeons. Osteoarthritis of the Hip. OrthoInfo.

6. 高平尚伸 編. Save the Athlete 股関節スポーツ損傷. メジカルビュー社.


高平教授

北里大学大学院 医療系研究科 整形外科学/スポーツ医学、北里大学医療衛生学部 リハビリテーション学科 スポーツ・運動器理学療法学教授、北里大学大学院 医療系研究科 医学専攻主任。専門は股関節外科学。変形性股関節症の病態と治療の研究が専門で、最小侵襲手術(MIS)を手がけるなど、この分野のオーソリティとして活躍。リハビリテーション学にも精通し、股関節痛におけるセルフケアの重要性を啓蒙しながら、患者さん自身が簡単にできる運動療法の指導も治療に積極的に取り入れている。

東京2020オリンピック選手対応ドクターも務めるほか、メディアでも積極的に情報発信している。著書に『股関節痛 こわばり・だるさ・脚長差 自力で克服!名医が教える最新1分体操大全』『どんなに硬い体も柔らかくなる!名医が教えるすごいストレッチ』(文響社)など、ベストセラー多数。

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