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北里大学

高平尚伸

教授

監修

高平教授直伝!基礎知識

2026.10.8

高平教授直伝 寛骨臼形成不全(かんこつきゅうけいせいふぜん)とは?受け皿が浅いと言われたら〜怖がる前に、自分の股関節の形を知るところから始めましょう〜

「股関節の受け皿が浅いと言われました。これは悪い病気なのでしょうか」

診察や健康情報の中で「寛骨臼形成不全(かんこつきゅうけいせいふぜん)」という言葉を初めて聞くと、多くの方が不安になります。名前が長く、漢字も難しいため、それだけで重い診断を受けたように感じてしまう方もいます。以前は臼蓋形成不全(きゅうがいけいせいふぜん)と呼ばれていました。

けれど、まずお伝えしたいのは、寛骨臼形成不全という言葉を怖がりすぎないでいただきたい、ということです。もちろん、股関節の痛みや変形性股関節症に関係する重要な状態です。しかし、言葉を知ることは、不安を増やすためではなく、自分の股関節の特徴を理解し、これからの生活や治療を考えるためにあります。

「私は患者さんに、「寛骨臼形成不全は、“股関節の受け皿が浅めの状態である”と考えると少し受け止めやすいと思います」とお話しします。大切なのは、怖がることではありません。自分の股関節の形を知り、上手に付き合うことです。」

1. 股関節は「ボール」と「受け皿」でできている

股関節は、骨盤側のくぼみである寛骨臼と、大腿骨の先端にある大腿骨頭が組み合わさってできています。生活の言葉で説明すると、「骨盤の受け皿に、大腿部の骨のボールがはまっている関節」です。

この構造のおかげで、股関節は前後、左右、回旋方向へ大きく動きます。同時に、立つ、歩く、階段を上る、しゃがむといった動作で体重を受け止めます。つまり股関節は、「よく動くこと」と「しっかり支えること」の両方を求められる関節です。

寛骨臼形成不全とは、この受け皿である寛骨臼が浅く、大腿骨頭を覆う面が小さい状態です。受け皿が浅いと、股関節の一部に力が集中しやすくなります。その結果、関節唇(かんせつしん:受け皿のふちにあるクッションのような組織)や軟骨に負担がかかり、痛みや変形性股関節症につながることがあります。

「食器でたとえるなら、深い器(お椀)にボールが入っている状態と、浅い皿にボールが乗っている状態では、安定感が違います。ただし、人の身体は食器ほど単純ではありません。筋肉、関節唇が一緒に支えてくれていますし、歩き方、生活動作でも条件が変わります。」

2. 日本人女性では、なぜ重要なテーマなのか

日本人の股関節を考えるうえで、寛骨臼形成不全は非常に重要なテーマです。日本で行われた多施設疫学研究「Multiinstitutional epidemiological study regarding osteoarthritis of the hip in Japan」では、日本の股関節症の背景を多施設で検討しており、高平尚伸も著者の一人として関わっています。

また、「Osteoarthritis hip joints in Japan: involvement of acetabular dysplasia」では、日本の股関節症に寛骨臼形成不全が関与することが報告されています。欧米の股関節症と比べ、日本では股関節の形態的特徴、特に受け皿の浅さを考慮する必要がある点は、股関節専門医にとって大切な視点です。

ここで注意したいのは、「寛骨臼形成不全があるから必ず悪くなる」という意味ではないことです。骨の形は一人ひとり違います。痛みの有無、年齢、体重、筋力、可動域、関節唇や軟骨の状態、仕事や家事での負担、運動習慣によって、経過は変わります。

「同じ「受け皿が浅い」という説明でも、すぐに強い症状が出る方もいれば、長く大きな問題なく生活される方もいます。診断名だけで将来を決めるのではなく、今の症状、画像、生活を合わせて見ていくことが大切です。」

3. どのような症状で気づくことが多いのか

寛骨臼形成不全がある方のすべてに症状が出るわけではありません。けれど、症状が出る場合には、鼡径部、つまり足の付け根まわりの痛みとして感じることが多くあります。歩き始め、長距離歩行、階段、坂道、立ち上がり、片脚で支える動作などで痛みや重だるさが出ることがあります。

40代以降の女性では、靴下が履きにくい、足の爪を切る姿勢がつらい、あぐらが苦手になった、長く歩くと殿部の奥が重い、買い物の途中で休みたくなる、といった生活上の変化が入口になることがあります。

ただし、こうした症状があれば必ず寛骨臼形成不全というわけではありません。変形性股関節症、FAI、関節唇損傷、腸腰筋や内転筋の障害、腰椎疾患などでも似た症状が出ます。だからこそ、痛みの場所だけでなく、画像検査、診察、生活への影響を合わせて考える必要があります。

「受け皿が浅い」と言われると、どうしても骨の形だけに意識が向きます。しかし、私は骨の形だけではなく、その方が何に困っているかを一緒に見ます。歩く、階段、家事、旅行、趣味。生活の中で見えてくる情報が、治療方針の手がかりになります。」

4. 画像検査では何を見るのか

寛骨臼形成不全の評価では、単純X線写真が基本になります。単純X線写真では、骨盤と股関節の形、関節の隙間、骨棘(こつきょく:骨の出っぱり)、大腿骨頭の位置などを確認します。必要に応じて、MRIやCTを用いて、関節唇、軟骨、骨の形をさらに詳しく評価することがあります。

専門的には、CE角という外側中心縁角(がいそくちゅうしんえんかく)などの計測値が用いられます。外側中心縁角は、寛骨臼が大腿骨頭をどれくらい外側から覆っているかを見る指標の一つです。成人股関節形成不全の画像評価に関するレビュー論文「Radiographic Parameters of Adult Hip Dysplasia」でも、外側中心縁角、Tönnis角、Sharp角など、複数の画像指標を組み合わせて評価する重要性が整理されています。

一般の方がここで覚えるべきなのは、角度の数字を自己判断することではありません。画像の数字は、症状や診察と合わせて意味を持ちます。数字だけを見て「悪い」「大丈夫」と決めてしまうと、かえって不安が強くなったり、必要な相談が遅れたりします。

「画像はとても大切です。ただ、画像だけを一人歩きさせないでください。数字には意味がありますが、その意味は「その方の痛み」「動き」「生活」と一緒に見て初めてはっきりします。」

5. 受け皿が浅いと言われたら、まず何をすればよいか

寛骨臼形成不全と言われたとき、最初に必要なのは、運動を急に増やすことでも、強いストレッチを始めることでもありません。まず、自分の状態を整理することです。

痛みがあるのか。どこが痛いのか。どの動作で痛いのか。歩ける距離は変わったか。階段、坂道、立ち上がり、靴下、爪切り、長時間座位で困っているか。過去の画像と比べて変化があるか。これらを整理するだけで、診察で相談しやすくなります。

運動については、「鍛えれば支えられるはず」と単純に考えすぎないことが大切です。股関節を支える筋力は重要ですが、痛みを我慢してスクワットを増やしたり、深く開脚したり、強くひねったりすることは、状態によっては負担になります。

日本整形外科学会・日本股関節学会による「変形性股関節症診療ガイドライン2024 改訂第3版」では、変形性股関節症の診断や保存療法、手術療法について体系的に整理されています。保存療法とは手術以外の治療で、生活動作の工夫、運動療法、痛みの管理、体重管理、補助具の活用などが含まれます。寛骨臼形成不全がある方でも、症状や進行度に応じて保存療法を検討する場面があります。

「股関節ケアは、強さを競うものではありません。回数を増やすより、安全に続けること。痛みを押し切るより、痛みが出る理由を考えること。その方が、股関節とは長く付き合いやすくなります。」

6. 手術が必要かどうかは、診断名だけでは決まらない

寛骨臼形成不全と聞くと、「いずれ手術になるのでしょうか」と心配される方がいます。たしかに、症状や年齢、関節の状態によっては、関節温存手術や人工股関節置換術が選択肢になることがあります。

関節温存手術、特に骨切り術は、関節を残しながら骨の向きや被覆を整える手術の総称です。人工股関節置換術は、傷んだ股関節を人工物に置き換える手術です。どちらも、患者さんの年齢、症状、画像所見、生活への影響、希望を踏まえて検討します。

しかし、診断名だけで治療方針が決まるわけではありません。痛みが軽い方、生活への支障が少ない方、進行が緩やかな方では、経過を見ながら生活や運動を調整していくこともあります。一方で、痛みが強く、歩行や日常生活への影響が大きい場合には、早めに専門医と相談した方がよいこともあります。進行を早めてしまうリスクファクター(重い荷物を運ぶ重労働や激しいスポーツなど)も明らかになってきているため、それを回避できる環境であるのかも重要な決定項目の一つです。

「手術は「怖いもの」と決めつける必要も、「避けることだけが正解」と考える必要もありません。大切なのは、今の状態とこれからの生活を見ながら、主治医と一緒に選択肢を整理することです。」

7. 日常生活で気をつけたいこと

寛骨臼形成不全がある方に、全員共通の禁止事項を並べることはできません。状態は一人ひとり違います。ただ、痛みがある場合には、いくつか意識してほしいことがあります。

まず、痛みが出る動作を記録してください。長く歩いたときなのか、坂道なのか、階段なのか、立ち上がりなのか、深くしゃがんだときなのか。痛みが出る場面がわかると、生活の工夫がしやすくなります。

次に、急に運動量を増やさないことです。健康のために歩こうと思う気持ちは大切ですが、昨日まで歩いていなかった方が急に長距離を歩くと、股関節に負担がかかります。距離や時間は少しずつ増やし、翌日に痛みが残る場合は量を見直してください。

また、強くひねる、深く曲げる、痛みを我慢して開く動きは避けてください。ヨガやストレッチでも、股関節の形によって合う動きと合わない動きがあります。痛みが出る動きは、その時点では身体に合っていない可能性があります。

「これをやれば必ず良い」という運動はありません。反対に、「何もしてはいけない」というわけでもありません。自分の股関節の形と痛みを見ながら、無理のない範囲を探していくことが大切です。」

まとめ:寛骨臼形成不全は、不安になる名前ではなく、自分を知る手がかり

寛骨臼形成不全とは、骨盤側の股関節の受け皿が浅い状態です。日本人女性の股関節を考えるうえで大切なテーマですが、診断名だけで将来が決まるわけではありません。

痛み、動き、画像、生活への影響を合わせて見ていくことで、保存療法、運動の工夫、経過観察、手術の相談など、次の選択肢が整理しやすくなります。

難しい言葉に出会ったときほど、怖がる前に、意味を知ることから始めましょう。股関節は一生つき合う関節です。自分の股関節の特徴を知ることは、未来の歩き方を守るための第一歩になります。

専門用語ミニ辞典

寛骨臼(かんこつきゅう):骨盤側にある股関節の受け皿です。

大腿骨頭(だいたいこっとう):大腿骨の先端にある丸い部分です。

寛骨臼形成不全:寛骨臼が浅く、大腿骨頭を覆う面が小さい状態です。

関節唇:寛骨臼のふちにある、股関節を安定させる組織です。

外側中心縁角(CE角):寛骨臼が大腿骨頭をどれくらい覆っているかを見る画像上の指標の一つです。

保存療法:手術以外の治療。生活動作の工夫、運動療法、痛みの管理などを含みます。

人工股関節置換術:傷んだ股関節を人工物に置き換える手術です。

参考文献・参考書籍

1. Jingushi S, Ohfuji S, Sofue M, et al. Multiinstitutional epidemiological study regarding osteoarthritis of the hip in Japan. Journal of Orthopaedic Science. 2010;15(5):626-631.

2. Jingushi S, Ohfuji S, Sofue M, et al. Osteoarthritis hip joints in Japan: involvement of acetabular dysplasia. Journal of Orthopaedic Science. 2011;16(2):156-164. doi:10.1007/s00776-011-0025-7.

3. Welton KL, Jesse MK, Kraeutler MJ, Garabekyan T, Mei-Dan O. Radiographic Parameters of Adult Hip Dysplasia. Orthopaedic Journal of Sports Medicine. 2023;11(2):23259671231152868. doi:10.1177/23259671231152868.

4. Clohisy JC, Carlisle JC, Beaulé PE, et al. A systematic approach to the plain radiographic evaluation of the young adult hip. Journal of Bone and Joint Surgery American Volume. 2008.

5. 日本整形外科学会・日本股関節学会 編. 変形性股関節症診療ガイドライン2024 改訂第3版. 南江堂, 2024.

6. 高平尚伸 編. Save the Athlete 股関節スポーツ損傷. メジカルビュー社.

7. 高平尚伸. 股関節痛 こわばり・だるさ・脚長差 自力で克服! 名医が教える最新1分体操大全. 文響社.


高平教授

北里大学大学院 医療系研究科 整形外科学/スポーツ医学、北里大学医療衛生学部 リハビリテーション学科 スポーツ・運動器理学療法学教授、北里大学大学院 医療系研究科 医学専攻主任。専門は股関節外科学。変形性股関節症の病態と治療の研究が専門で、最小侵襲手術(MIS)を手がけるなど、この分野のオーソリティとして活躍。リハビリテーション学にも精通し、股関節痛におけるセルフケアの重要性を啓蒙しながら、患者さん自身が簡単にできる運動療法の指導も治療に積極的に取り入れている。

東京2020オリンピック選手対応ドクターも務めるほか、メディアでも積極的に情報発信している。著書に『股関節痛 こわばり・だるさ・脚長差 自力で克服!名医が教える最新1分体操大全』『どんなに硬い体も柔らかくなる!名医が教えるすごいストレッチ』(文響社)など、ベストセラー多数。

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