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北里大学

高平尚伸

教授

監修

みんなの股関節ストーリー

2026.9.30

大人気!ピックルボールに潜む股関節のリスク プレー前にしたい股関節体操

テニスよりコートが小さく、年齢を重ねてからでも始めやすいことで人気が高まっているピックルボール。とても魅力的なスポーツですが、前方へのランジ、左右への切り返し、急停止、後方移動が繰り返されるため、股関節には見た目以上の負担がかかります。私は、ピックルボールを怖がってほしいのではありません。むしろ、長く楽しく続けるために、ラケットを握る前の数分を「股関節のための時間」にしてほしいと思っています。

ピックルボールは「軽いスポーツ」だから安全、とは限りません

ピックルボールはテニスに比べてコートが小さいため、「それほど走らない」「身体への負担も軽い」と思われがちです。ところが実際のプレーでは、短い距離の中で前へ踏み込む、左右へ動く、急に止まる、方向を変える、後ろへ下がる、といった動作が連続します。

2024年に報告されたレクリエーションレベルのピックルボール選手92人を対象とした研究では、42%がプレー中の転倒を経験し、30%は複数回転倒していました。転倒につながりやすい動作として、前方へのランジや後方への移動が挙げられています[1]。

さらに、高齢のピックルボール選手237人を対象とした研究では、過去1年間に32.1%が負傷を経験し、その負傷の57.9%が下肢に集中していました[2]。救急外来データを用いた研究でも、捻挫・筋損傷や骨折などが報告されています[3]。

もちろん、この数字だけを見て「ピックルボールは危険なスポーツだ」と考える必要はありません。私が気にしているのは、始めやすいスポーツだからこそ、身体の準備が十分でない状態でもゲームに参加でき、楽しくなるほど動きが大きくなっていくことです。

なぜ、股関節を意識してほしいのでしょうか

股関節は、骨盤側の寛骨臼(かんこつきゅう=骨盤側の受け皿)に、大腿骨頭(だいたいこっとう=大腿骨の丸い先端)がはまり込む関節です。脚を前後に動かすだけでなく、横へ開く・閉じる、内外へ回すといった立体的な動きを担っています。

ピックルボールでは、右へ一歩踏み出し、身体を回して打ち、中央へ戻り、次のボールには前へランジする、といった動作が短時間に繰り返されます。そのたびに股関節では、屈曲・伸展、内転・外転、内旋・外旋が組み合わさります。

つまり、普段問題なく歩けていることと、スポーツ中に素早く方向転換できることは同じではありません。ピックルボール選手を調べた研究でも、方向転換能力と股関節外転筋力(脚を横方向に支える筋肉の力)との関連が示され、股関節周囲の筋力や神経筋コントロールを含めた準備の重要性が指摘されています[1]。

テニスのトップ選手でさえ、股関節を丁寧に管理しています

ピックルボールは比較的新しいスポーツで、股関節障害だけに絞った長期的な医学研究はまだ十分とはいえません。そこで参考になるのが、動作の共通点が多いテニスの研究です。

テニスでは、オープンスタンスからフォアハンドを打つ際の股関節運動や負荷が検討され、特定の動作では大腿骨寛骨臼インピンジメント(FAI:股関節を動かした際に骨同士がぶつかりやすい状態)などのオーバーユース障害につながる可能性が指摘されています[4]。また、プロテニス選手では股関節の内旋可動域の制限と腰痛との関連も報告されています[5]。

実際、元世界ランキング1位のアンディ・マレー選手は長年右股関節の問題に悩み、2018年、2019年に手術を受け、2019年には股関節表面置換術を受けたことを公表しています。また、錦織圭選手も2022年に左股関節の関節鏡手術を受け、関節唇(かんせつしん=股関節の受け皿の縁を取り囲む軟骨組織)の損傷があったことを公に説明しています[8,9]。

もちろん、これは「テニスやピックルボールをすれば股関節を痛める」という意味ではありません。一流の身体能力を持ち、専門家のサポートを受ける選手であっても、ラケットスポーツでは股関節の管理が大切である。そのことを知っておいていただきたいのです。

ラケットを持つ前に、股関節を「試運転」してください

では、ピックルボールの前に何をすればよいのでしょうか。私は、いきなり強く伸ばすようなストレッチをする必要はないと考えています。

まず歩いて身体を温め、股関節、膝関節、足関節をゆっくり動かします。そのうえで股関節を前後、左右、回旋方向へ小さく動かしてみてください。

「今日は右には動きやすいけれど、左へ回すと少し硬い」「鼡径部(そけいぶ=脚の付け根)に詰まる感じがする」「殿部(お尻)の奥がいつもより硬い」。こうした小さな違いに気づくことが、私はとても大切だと思っています。

スポーツ前の傷害予防については、静的ストレッチだけを行えば十分というわけではありません。一方、筋力、バランス、動作練習などを組み合わせた神経筋系のウォームアップには、スポーツ時の下肢傷害を減らす効果が期待できることがシステマティックレビューで示されています[6]。

3Dジグリングで、股関節と「対話」をする

その準備の一つとして、私は3Dジグリングという考え方を提案しています。股関節をいきなり大きく動かすのではなく、前後・左右・回旋方向へ、まずは小さく、ゆっくり動かしていきます。

「初めは小さく、ゆっくり、痛みなく」

これが基本です。TAKAHIRAボードなどを活用するときも、目的は「頑張って伸ばす」ことではありません。今日の股関節はどうだろう。左右差はないだろうか。どの方向なら気持ちよく動くだろう。プレー前に、股関節と一度対話をする時間をつくっていただきたいのです

3Dジグリングについては、変形性股関節症に対する運動療法として症例報告や医学的検討が進められています[7]。ただし、現時点で「3DジグリングやTAKAHIRAボードを行えばピックルボールの外傷を予防できる」と直接証明された研究があるわけではありません。そこは医学者として、はっきり分けてお伝えしておきます。

それでも、プレー前に自分の股関節の動きを確認し、痛みのない範囲で多方向へ動かす時間を持つことは、その日の身体の状態に気づくきっかけになります。私が何より大切にしてほしいのは、この「自分の身体に気づくこと」です。

こんな症状があるときは、無理をしないでください

プレー中やプレー後に、次のような症状がみられる場合は、「身体が硬いだけ」と自己判断して無理にストレッチを続けないでください。

・鼡径部に鋭い痛みがある

・股関節を曲げると引っ掛かる、詰まる感じがある

・殿部の奥に痛みが続く

・大腿部まで痛みが広がる

・翌日になっても歩行時の痛みが残る

・体重をかけると強く痛む

特に、変形性股関節症、寛骨臼形成不全、FAI、関節唇損傷などを指摘されている方、すでに鼡径部痛がある方は、一度整形外科医に相談したうえで運動を始めることをおすすめします。

ピックルボールを、10年、20年楽しむために

私は、この記事を読んで「ピックルボールは危ないからやめよう」と思ってほしいわけではありません。むしろ反対です。

身体を動かし、仲間と笑い、ボールを追いかける。年齢を重ねても夢中になれるスポーツがあることは、とても素晴らしいことです。だからこそ、その時間をできるだけ長く楽しんでほしい。

パドルをバッグから取り出したら、その前にほんの数分、ご自身の股関節にも時間をあげてください。股関節を少し動かす。左右を比べてみる。違和感がないか感じてみる。それだけでも、自分の身体を見る目は少しずつ変わっていきます。

「ピックルボールの前には、まず股関節体操。」

そんな習慣が日本のピックルボール愛好家に広がり、ケガで好きなスポーツを諦める方が一人でも少なくなれば、股関節を診てきた医師として、これほど嬉しいことはありません。

楽しむために、整える。そして、またコートに立つ。私は、その順番を大切にしてほしいと思っています。

※本記事は一般的な医学情報の提供を目的としたもので、個別の診断・治療を行うものではありません。痛みや違和感が続く場合は整形外科を受診してください。

参考文献・公表情報

1. Myers B, Hanks J. Hip Strength, Change of Direction, and Falls in Recreational Pickleball Players. Int J Sports Phys Ther. 2024;19(9):1116-1125.

2. Kim KM, et al. Injury Epidemiology and Risk Factors in Older Pickleball Players. Int J Aging Hum Dev. 2026;102(2):200-222.

3. Forrester MB. Pickleball-Related Injuries Treated in Emergency Departments. J Emerg Med. 2020;58(2):275-279.

4. Martin C, et al. Can the Open Stance Forehand Increase the Risk of Hip Injuries in Tennis Players? Orthop J Sports Med. 2020;8(12):2325967120966297.

5. Vad VB, et al. Hip and shoulder internal rotation range of motion deficits in professional tennis players. J Sci Med Sport. 2003;6(1):71-75.

6. Herman K, Barton C, Malliaras P, Morrissey D. The effectiveness of neuromuscular warm-up strategies, that require no additional equipment, for preventing lower limb injuries during sports participation: a systematic review. BMC Med. 2012;10:75.

7. Yoshizuka H, et al. Short-term changes in radiographic joint space width after jiggling exercise as conservative treatment for hip osteoarthritis: A retrospective case series of nine patients. PLoS One. 2021;16(6):e0253643.

8. ATP Tour. Andy Murray retirement/hip surgery related official feature and public record.

9. ATP Tour. Kei Nishikori Atlanta 2023 feature: public account of 2022 left hip arthroscopic surgery.


高平教授

北里大学大学院 医療系研究科 整形外科学/スポーツ医学、北里大学医療衛生学部 リハビリテーション学科 スポーツ・運動器理学療法学教授、北里大学大学院 医療系研究科 医学専攻主任。専門は股関節外科学。変形性股関節症の病態と治療の研究が専門で、最小侵襲手術(MIS)を手がけるなど、この分野のオーソリティとして活躍。リハビリテーション学にも精通し、股関節痛におけるセルフケアの重要性を啓蒙しながら、患者さん自身が簡単にできる運動療法の指導も治療に積極的に取り入れている。

東京2020オリンピック選手対応ドクターも務めるほか、メディアでも積極的に情報発信している。著書に『股関節痛 こわばり・だるさ・脚長差 自力で克服!名医が教える最新1分体操大全』『どんなに硬い体も柔らかくなる!名医が教えるすごいストレッチ』(文響社)など、ベストセラー多数。

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