みんなの股関節ストーリー
股関節から変わる、 大人のピラティス 高平尚伸教授 × ピラティススタジオ経営者・千葉絵美さん 「痛めない身体のつくり方」

前編|ピラティスは、股関節を守る“予防の運動”になり得るのか
姿勢を整えることは、股関節を見直すこと
「ピラティス」と聞くと、姿勢を良くするもの、体型を整えるもの、女性に人気のエクササイズという印象を持つ方が多いかもしれません。
一方で、股関節に不安がある方にとって、ピラティスは単なる美容や流行の運動ではなく、身体の使い方を見直すための大切な入口になる可能性があります。
歩くと脚の付け根が重い。階段で股関節が詰まる感じがする。腰や膝に不安があり、運動したいけれど何から始めればよいかわからない。そんな悩みを抱える方にとって大切なのは、痛みが出てから対処することだけではありません。痛みが出る前に、自分の身体をどう整えていくかという視点です。
今回は、股関節外科を専門とする高平尚伸教授と、銀座で長年ピラティススタジオを運営してきた千葉さんが対談。ピラティスの現場で見えている身体の変化を、高平教授が医学的な視点から丁寧にひも解いていきます。
この記事でわかること
・ピラティスが股関節や姿勢にどう関係するのか
・インナーマッスルと股関節の関係
・整形外科の治療と、ピラティスの予防的な役割の違い
・股関節を痛めないために知っておきたい身体の見方
ピラティスは「自分でできる整体」に近い
千葉さんは、20年近く銀座でピラティススタジオを運営してきました。まだ日本でピラティスが今ほど知られていなかった時期から、女性を中心に多くの方の身体を見てきた一人です。
ピラティスについて、千葉さんは「自分でできる整体のようなもの」と表現します。
ただ筋肉を鍛えるのではなく、身体の奥にあるインナーマッスルを刺激しながら、骨盤や股関節、肩甲骨の動きを整えていく。姿勢を良くするということは、単に背筋を伸ばすことではなく、骨盤を正しい位置に近づけ、股関節の可動性を高め、肩甲骨や体幹との連動を取り戻していくことだといいます。
千葉さんが特に大切にしているのは、肩甲骨、骨盤、股関節の三つです。
この三つがうまく動かないと、腰椎や背骨の動きにも影響し、結果として姿勢が崩れたり、腰や膝に負担がかかりやすくなったりします。反対に、骨盤と股関節が自然に動き、肩甲骨や体幹と連動するようになると、身体全体のバランスが取りやすくなります。
ピラティスに通う方の目的も、時代とともに少しずつ変わってきたといいます。
かつては「姿勢を良くしたい」「体型を整えたい」という目的が中心でした。しかし近年は、「いつまでも歩ける身体でいたい」「将来も自分の足で動けるようにしておきたい」という予防的な目的で通う方も増えているそうです。
整形外科は「治す場所」、ピラティスは「予防を支える場所」
この話を受けて、高平教授は、整形外科の役割とピラティスの役割の違いを整理します。
整形外科は、痛みや変形、けが、病気があるときに、診断し、治療する場所です。股関節であれば、変形性股関節症、寛骨臼形成不全、股関節唇損傷、人工股関節置換術など、医学的に状態を見極め、必要な治療につなげることが重要になります。
一方で、姿勢が悪い、身体の連動が悪い、インナーマッスルがうまく使えていないといった状態は、それ自体がすぐに病名になるわけではありません。そのため、一般的な診療の中では、十分に時間をかけて扱われにくい領域でもあります。
高平教授は、整形外科医は痛みや障害を治療する専門家である一方、痛みが出る前の身体づくりや、姿勢・動作の質を高める取り組みは、医療とは別の場で補っていく必要があると話します。
そこで注目されるのが、ピラティスのような運動です。
ピラティスは、身体を無理に鍛え上げるものではなく、深い筋肉に意識を向け、呼吸や姿勢、関節の動きを丁寧に整えていきます。高平教授は、こうした運動が、股関節を含む身体全体の連動を良くするための一つの方法になり得ると見ています。
つまり、整形外科が「すでに起きた問題に対応する場所」だとすれば、ピラティスは「問題が起きにくい身体をつくるための場」としての価値を持つ可能性があるのです。
インナーマッスルとは何か
ピラティスを語るうえで欠かせない言葉が、インナーマッスルです。
ただし、この言葉は一般にも広く使われる一方で、何を指しているのかが曖昧になりやすい言葉でもあります。千葉さんも、現場で人の身体を見ていると、インナーマッスルが使えている人と、そうでない人の差を感じるといいます。
たとえば、片脚で立つ動作。若い女性では、身体の中心を保ちながら比較的スムーズにバランスを取れる人がいます。一方で、年齢を重ねた方や、身体の使い方に偏りがある方では、片脚を上げるだけで大きくぐらついてしまうことがあります。
この違いは、単に筋力があるかないかだけでは説明できません。身体の深部で姿勢を支える筋肉、骨盤を安定させる筋肉、体幹を中心に保つ力が関わっていると考えられます。
高平教授は、インナーマッスルを一言で説明することの難しさにも触れます。筋肉には表層にあるものと深層にあるものがあり、腹横筋、多裂筋、横隔膜、骨盤底筋群、股関節周囲の深い筋肉など、さまざまな筋肉が姿勢の保持や体幹・関節の安定に関わっています。
大切なのは、特定の筋肉だけを鍛えることではありません。
身体の奥にある筋肉が、必要なときに自然に働き、股関節、骨盤、背骨、肩甲骨が連動すること。その状態を目指すうえで、ピラティスは非常に相性のよい運動の一つだと考えられます。
ただし「正しく行うこと」が前提になる
一方で、高平教授も千葉さんも、ピラティスであれば何でもよいわけではないと話します。
ピラティスは国家資格ではなく、指導者の背景や理解度にも幅があります。ヨガとの違いが曖昧なまま教えられているケースもあれば、形だけを真似して、かえって身体を固めてしまうようなケースもあります。
本来のピラティスは、体幹を中心に、呼吸、姿勢、骨盤、股関節、肩甲骨の動きを丁寧に整えていくものです。表面的なポーズや柔軟性だけを競うものではありません。
特に股関節に痛みや不安がある方の場合、自己流で無理に開脚をしたり、可動域を広げようとしたりすることは注意が必要です。股関節の状態には個人差があり、骨の形、関節軟骨、股関節唇、筋肉の状態によって、適した動きは変わります。
千葉さんも、グループレッスンでは一人ひとりの状態を細かく見ることが難しいため、痛みや不安がある方には慎重な対応が必要だと話します。
ピラティスは予防や身体づくりに役立つ可能性がありますが、痛みを我慢して行うものではありません。強い痛み、歩きにくさ、夜間痛、股関節の引っかかり感などがある場合には、まず整形外科など専門医に相談することが大切です。
